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2026/03/25
端島の通船「夕顔丸」について
端島の通船「夕顔丸」について
端島の通船「夕顔丸」について
端島の通船「夕顔丸」について
皆さん、各地で桜の開花宣言がなされておりますね。
お隣の佐賀県では開花宣言が3月21日出されたので、
じゃあ長崎も翌日には宣言されるかと思いきや、長崎では、まだ一輪しか咲いていないそうです。
しかし、球春告げる選抜高校野球も始まりました!
また、プロ野球も今月末には、開幕がされます!
本格的な春の到来をまち望んでいるナビゲーター木下です。
さて今回は、端島島民の足として活躍した「夕顔丸」のお話をしようと思います。
75年という長きに渡り長崎・高島・端島を結ぶ定期船として利用されていましたが、
昭和37年(1962年)3月31日をもって
最長運航記録をもって最後の就航を終え、「廃船」が決まりました。
通常の船舶耐用年数が20~30年とすれば、夕顔丸は驚異的に長生きでした。
三菱重工長崎造船所のホームページによると、夕顔丸は明治20年5月に竣工され、
総重量206t・330馬力速力8ノットで、国内初の軟鋼製のボイラーを装備し
貨客船兼曳舟として大活躍しました。

時には、外国船を港外から港内への曳舟や島で亡くなった方を
火葬場の中ノ島まで団平(だんべ)船を引いたり、
端島で火災が起きると、消防団を乗せて島の外側から消化活動をするなど、
島民から愛され、親しまれた「夕顔丸」。
もう2度と聞くことができない重低音の警笛の音は、
島民にとって忘れられない音であり、今でも耳の奥底に残る思い出の
音ではないでしょうか!
最後にこれが、「夕顔丸」最後の乗船券です。
これって、かなり安いですよね !
私の記憶が正しければ端島では、アイスキャンデイが5円か10円だったと思うので
安かったのですが、廃船後は社船から民間の船になったので
大人が40円ぐらいになったと記憶しています。
また次回お会いしましょうナビゲーター木下でした!
皆さん、各地で桜の開花宣言がなされておりますね。
お隣の佐賀県では開花宣言が3月21日出されたので、
じゃあ長崎も翌日には宣言されるかと思いきや、長崎では、まだ一輪しか咲いていないそうです。
しかし、球春告げる選抜高校野球も始まりました!
また、プロ野球も今月末には、開幕がされます!
本格的な春の到来をまち望んでいるナビゲーター木下です。
さて今回は、端島島民の足として活躍した「夕顔丸」のお話をしようと思います。
75年という長きに渡り長崎・高島・端島を結ぶ定期船として利用されていましたが、
昭和37年(1962年)3月31日をもって
最長運航記録をもって最後の就航を終え、「廃船」が決まりました。
通常の船舶耐用年数が20~30年とすれば、夕顔丸は驚異的に長生きでした。
三菱重工長崎造船所のホームページによると、夕顔丸は明治20年5月に竣工され、
総重量206t・330馬力速力8ノットで、国内初の軟鋼製のボイラーを装備し
貨客船兼曳舟として大活躍しました。

時には、外国船を港外から港内への曳舟や島で亡くなった方を
火葬場の中ノ島まで団平(だんべ)船を引いたり、
端島で火災が起きると、消防団を乗せて島の外側から消化活動をするなど、
島民から愛され、親しまれた「夕顔丸」。
もう2度と聞くことができない重低音の警笛の音は、
島民にとって忘れられない音であり、今でも耳の奥底に残る思い出の
音ではないでしょうか!
最後にこれが、「夕顔丸」最後の乗船券です。
これって、かなり安いですよね !
私の記憶が正しければ端島では、アイスキャンデイが5円か10円だったと思うので
安かったのですが、廃船後は社船から民間の船になったので
大人が40円ぐらいになったと記憶しています。
また次回お会いしましょうナビゲーター木下でした!
皆さん、各地で桜の開花宣言がなされておりますね。
お隣の佐賀県では開花宣言が3月21日出されたので、
じゃあ長崎も翌日には宣言されるかと思いきや、長崎では、まだ一輪しか咲いていないそうです。
しかし、球春告げる選抜高校野球も始まりました!
また、プロ野球も今月末には、開幕がされます!
本格的な春の到来をまち望んでいるナビゲーター木下です。
さて今回は、端島島民の足として活躍した「夕顔丸」のお話をしようと思います。
75年という長きに渡り長崎・高島・端島を結ぶ定期船として利用されていましたが、
昭和37年(1962年)3月31日をもって
最長運航記録をもって最後の就航を終え、「廃船」が決まりました。
通常の船舶耐用年数が20~30年とすれば、夕顔丸は驚異的に長生きでした。
三菱重工長崎造船所のホームページによると、夕顔丸は明治20年5月に竣工され、
総重量206t・330馬力速力8ノットで、国内初の軟鋼製のボイラーを装備し
貨客船兼曳舟として大活躍しました。

時には、外国船を港外から港内への曳舟や島で亡くなった方を
火葬場の中ノ島まで団平(だんべ)船を引いたり、
端島で火災が起きると、消防団を乗せて島の外側から消化活動をするなど、
島民から愛され、親しまれた「夕顔丸」。
もう2度と聞くことができない重低音の警笛の音は、
島民にとって忘れられない音であり、今でも耳の奥底に残る思い出の
音ではないでしょうか!
最後にこれが、「夕顔丸」最後の乗船券です。
これって、かなり安いですよね !
私の記憶が正しければ端島では、アイスキャンデイが5円か10円だったと思うので
安かったのですが、廃船後は社船から民間の船になったので
大人が40円ぐらいになったと記憶しています。
また次回お会いしましょうナビゲーター木下でした!
皆さん、各地で桜の開花宣言がなされておりますね。
お隣の佐賀県では開花宣言が3月21日出されたので、
じゃあ長崎も翌日には宣言されるかと思いきや、長崎では、まだ一輪しか咲いていないそうです。
しかし、球春告げる選抜高校野球も始まりました!
また、プロ野球も今月末には、開幕がされます!
本格的な春の到来をまち望んでいるナビゲーター木下です。
さて今回は、端島島民の足として活躍した「夕顔丸」のお話をしようと思います。
75年という長きに渡り長崎・高島・端島を結ぶ定期船として利用されていましたが、
昭和37年(1962年)3月31日をもって
最長運航記録をもって最後の就航を終え、「廃船」が決まりました。
通常の船舶耐用年数が20~30年とすれば、夕顔丸は驚異的に長生きでした。
三菱重工長崎造船所のホームページによると、夕顔丸は明治20年5月に竣工され、
総重量206t・330馬力速力8ノットで、国内初の軟鋼製のボイラーを装備し
貨客船兼曳舟として大活躍しました。

時には、外国船を港外から港内への曳舟や島で亡くなった方を
火葬場の中ノ島まで団平(だんべ)船を引いたり、
端島で火災が起きると、消防団を乗せて島の外側から消化活動をするなど、
島民から愛され、親しまれた「夕顔丸」。
もう2度と聞くことができない重低音の警笛の音は、
島民にとって忘れられない音であり、今でも耳の奥底に残る思い出の
音ではないでしょうか!
最後にこれが、「夕顔丸」最後の乗船券です。



