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2019/01/15島の生活

新しい年を迎えて半月が過ぎました。

皆様如何お過ごしでしょうか。

ナビゲーター木下です。

 

昨年は皆様に大変お世話になりました。

今年も、より一層軍艦島の魅力を

お伝えしようと思っておりますので

どうぞ宜しくお願い致します。

 

 
今年からは、普段余り紹介しない

軍艦島の建物や生活ぶりなども織り交ぜながら

ご紹介していこうと思っています。

 


さて新年一回目の今回は、

私が10年近く住んでいた65号棟を紹介したいと思います。

 みのる

 

この建物は島の北側にありコの字型に建てられています。

此処には317所帯1500人 住んでいました。

 

建物の中は真ん中に廊下があり、

両側に住居がありました。

 

65号棟は別の名前を

報国寮、新報国寮と呼ばれていました。

 

その名の通りこの建物は、二度に亘って建てられました。

最初は、西向きの逆 L(エル)字型に戦時中建てられ、

コの字型になりました。


その中庭には公園が作られ、遊具なども置かれていた様です。


 みのる

 

 

しかし、私が住んでいた頃は中庭には遊具などなく

私の一番の辛い思い出が

正月用の餅をついてもらうために

長時間並んで待っていました。

 

そして出来上がった餅を

姉と二人でヒーヒー言いながら

9階まで上がっていったのを未だに覚えています。

 


しかし、私が住んでた報告寮の9階は

北側を向いていたので
冬は非常に寒く、

窓は30センチ程の板張りを挟んで

二重になっていました。

 

外側の窓には透明のビニールを

寒さ除けに貼っていましたが

何処からとなく隙間風が入ってきて本当に寒かった・・・

 

暖房も当時はエアコンなどなく火鉢が一つしかなく、

良く両親が留守の時は、火鉢の縁に乗って

股火鉢をして暖を取っていました。


みのる 

 

 

しかし、時折ズボンが焦げていてバレて

怒られることもありました。



因みに我が家の火鉢の中は

炭を燃やしているのではなく

電熱器(電気を入れるとコイルが赤くなる)を使っていました。

 




如何だったでしょうか?



まだまだ、建物に纏わるお話しは沢山ありますので

おいおいご紹介していきたいと思います。




最後までお付き合い頂きありがとうございました。

 


また次回をお楽しみに!!

 

 

ナビゲーター木下でした。

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