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2021/07/17元軍艦島炭鉱技師松浦さんのお話

こんにちは。

軍艦島デジタルミュージアムのトシ(政次)です。

 皆様お元気でお過ごしでしょうか。

 

今回のブログは元三菱の炭鉱技術者、松浦邦雄様のお話です。

松浦様は昭和33年~45年の炭鉱が一番活気のあった頃から

衰退期までの約12年間、
端島炭鉱や高島炭鉱で炭鉱技術者として

現場の第一線で活躍された方です。

とし 

今回は松浦様の体験談を講演会という形でお話を聞かせて頂き、

幸運なことに私も参加させて頂きました。

講演を聞く前は、私なりに軍艦島を勉強したつもりでいて

一定の端島像、高島像というものを形作られていた部分があったのですが、

松浦様のお話をお聞きするうちにそれが少しずつ崩れていく感覚を覚えました。

無意識にしらない部分をつくりこんでいたからです。



トシ
軍艦島デジタルミュージアムで講演して頂いている 松浦邦雄さん 
 


「松浦邦雄様の略歴」

 

昭和8年(1933年)旧朝鮮 全羅南道木裏府幸町に生まれる。

昭和20年(1945年)敗戦で日本に引き上げ、
      母方の実家小倉に本籍を構える。

昭和33年 早稲田大学第一理工学部 鉱山学科卒業

同年4月 三菱鉱業入社 高島鉱勤務

昭和40年 高島から端島へ所内移動

昭和45年 三菱端島鉱 退職

昭和47年 九州電力玄海1号建設工所長

昭和59年 取締役 原子力部工事部長就任

平成5年 新菱製作所 社長就任

平成12年 新菱冷熱本社 非常勤監査役退任

 

今回の松浦様のお話は一言一句が大変貴重な実体験の基づくものですが

その中でも特に松浦様でないと語れない事案に的を絞って

お伝えしたいと思っています。

 

  • 朝鮮半島での暮らしの様子 エピソード

  • 高島炭鉱での炭労との戦「松浦事件」の真相

  • 端島炭鉱閉山 決断の瞬間


この3つのお話で進めていきたいと思います。

松浦様は12歳まで朝鮮で過ごされました。

松浦さんのお家は朝鮮で陶器店を営まれたそうで(伊万里焼とか有田焼とか)


生活雑貨
中心に「しまのとうきてん」というお店で、


わりと繁盛していたそうです。お客には朝鮮人も、日本人もいたそうです。

学校は半島人と日本人とは一緒ではなかったそうで、


表面的には仲良くやっていたけど陰では悪口も言ってる人もいたそうです。


松浦さんは成績もよく、ガキ大将だったので
いつも級長をやっていたそうです。

朝鮮の人の中には裕福な人もいて、日本人より裕福な方もいたそうで、


そういう人は「創氏改名」といって日本人の名字に変えていたそうです。


改名した子供は日本人学校にきて一緒に机を並べて勉強したそうです。

しかし終戦を迎えると、その人達もすぐさま韓国名に改名したそうです。

優しかった人達も手のひらを返したように辛辣な態度に変わったそうです。

 トシ

※「創氏改名」
1909年 当時、日本の皇民化政策の一つで、
朝鮮人の固有の姓を日本式の名前に改める制度


朝鮮からお母様の実家のある北九州に戻ってこられ

高校までは九州で生活されました。


「松浦事件の真相」

 高島炭鉱で起きた三菱会社側と労働組合の争議 

松浦事件は今から58年前高島炭鉱で休み時間に

組合員が休み時間30分前には機械(ホーベルチェーンの空運転)を

始動する決まり事を無視し、炭労組合員が勝手に2回にわたり機械を止めてしまい

著しく作業能率を低下させたことで、松浦さん達技術者と組合員の労働争議と発展した。

これが「松浦事件」と呼ばれた。

 

この機械を止めた炭鉱マンは炭労に属し、仕事の効率よりも

イデオロギー抗争に興味を持ちソ連を崇拝し、事あるごとに

会社側の若手技術者にいちゃもんをつける人物であった。

当時の組合は国鉄労組や三井三池争議に見られるような、

いかに左翼的思想に取り憑かれた、世間の常識を逸した組織であったのが

伺い知りことができる。

高島炭鉱でも左翼系組合員(組合活動を職業としている人たち)は

「三菱は潰れても、高島は残る」スローガンのもと職場闘争、

会社側の対決姿勢を鮮明にしていました。

松浦事件は起こるべくして起きた労働争議であったと考えられる。


トシ
高島の遠景



トシ
高島炭鉱に残る、国内初の蒸気機械を使った西洋式炭鉱跡「北渓井坑跡」


トシ
 
「北渓井坑跡」を上から見た写真



昭和33年当時の石炭業界は、全盛期は過ぎたといえ石油の進出に対抗すべく

スクラップ&ビルドの合理化を推進中でした。

三菱鉱業の場合、九州ではビルド鉱として積極的な設備投資の真っ最中でした。

そして筑豊地区のスクラップ鉱の配転従業員の受け皿になってました。

筑豊炭鉱が生活に使う燃料用の一般炭だったのに対し、

高島地区の石炭は高カロリーの原料炭で、石油に対抗できる商品でした。

特に端島炭は売れ筋のブランド品でした。

原料炭の豊富な埋蔵量を抱えた高島鉱業所はまさに不沈空母でしたが、

当時の端島炭鉱は海面下800メーター以上と高島に比べて深く

高温多湿、急傾斜、機械化導入には多くの問題がありました。

 

高島鉱は機械化が容易な地層に恵まれ、ホーベルやドラムカッターといった

最新式の採炭機械の導入が随時行われて、生産性の向上や安全作業に貢献していました。

※松浦さんたちは坑内冷房も造られたそうです。

それによって坑内の温度は5度下がり

湿度は90%から50%以下に下がり快適な鉱内環境になったそうです。


とし 
中の島側から見た軍艦島の遠景


端島炭鉱は高島炭鉱のような炭労とは違い「全炭鉱組合」でしたので

島全体が
協力的で松浦さんたち技術者はやる気が出たそうです。

結局、高島炭鉱では組合執行部の力(炭労)が異常に強く、

会社側も近々にあった旧国鉄のストライキ権の労働争議や、

三井三池の指名解雇の労働争議のような事態だけは避けたかった。

「労使問題の無い三菱」のイメージを強調した。

そのため揉め事も労使対立を鮮明にせず、穏便に進めたかったというのが

実態だろうと思われる。


後で分かったことですが、三菱本社の指令で対外的にもビルド鉱として


ストライキだけは何としても回避せよと現場に厳命されていたそうで、


水面下で妥協策が行われたようだ。

 

 

日本炭鉱労働組合」

石炭産出従事する炭鉱労働者を会員とする産業別労働組合であった。

略称は「炭労」1950年に設立、ピーク時には33万人の組合員を有した。

政治的バックグラウンドは社会党、共産党

 

「全炭鉱組合」

比較的会社側に協力的な労働組合組織 政治的バックグラウンドは民社党系

「三井三池争議」

1959年~1960年

第二次世界大戦後はGHQによる財閥解体にともない金属部門を分離、

石炭に経営を絞ったが、エネルギー革命の進行と労使関係の不安定性のなかで

企業再構築のため人員削減を余儀なくされた。そうした中、

福岡県大牟田市 三井三池鉱業所大量人員整理に反対し

ストライキが長期に渡って行われた。

そのため第一組合から第二組合が分裂し激しく対立した。

企業側は組合の団結切り崩しのために手荒なまねも行なわれ

社会的な大問題となり、歴史に残る戦後最大の労使争議である。

 

※GHQは戦前の軍国主義の元凶が財閥と軍部の癒着と考え、財閥解体を行った。

それと同時に労働者の力と資本家の力を拮抗させる目的で労働組合運動を奨励した。

それによって企業側が組合のご機嫌を伺うような構図が生まれた。

しかしアメリカの思惑とは違い組合幹部はソ連などの社会主義、

共産主義的イデオロギーを持つようになった。

昭和26年左翼思想を持つ人物や運動をしている人物を公職追放や投獄する事となる。

世にいう「レッドパージー」である。

しかし労働組合組織や日教組、左翼新聞等は戻ることはなかった。

 

「端島炭鉱閉山の理由」

 

昭和39年8月17日 お盆休み開けにガス爆発事故が起こり、

懸命の消火活動のかいなく消すことができなかった。

仕方なく坑道内に海水を注入し水没させた。三菱はそこを諦め別のルートを探った。

軍艦島より南方向にある三瀬を掘り進み。

1年後に炭層に着たんして、過去最高の3万5000トン達成する。

皮肉にもこの大事故により松浦さん達の採炭の機械化技術が活躍することとなる。

そしてこの時期が一番炭鉱としては活気のある時期であったと思われる。

しかし三瀬炭層の埋蔵量は、持っても10年

端島沖炭層を探るが破砕帯に阻まれ、海水が吹き出す。

探査結果によって今掘っている場所より

さらに深い地下1000メートルの場所に炭層があることが分り、

止む無く採炭続行を断念する。

そして三菱は端島炭鉱閉山を決定することとなる。

39年のガス爆発事故からちょうど10年目の昭和49年1月15日である。


とし


松浦さんのように単なる机上論ではなく、

日本の激動の時代を逞しく生きてこられた大先輩のお話を

直接お聞きできたことは、私がこれからガイドをしていく上で

糧となることと確信しています。

本当に、ありがとうございました。


 
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。

それでは、そろそろ終わらせて頂きます。

次のブログでお会いしましょう。

軍艦島デジタルミュージアムのトシ(政次)でした。 

 

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